ご案内
0一族から出た頭取としては四人目だが、三代目頭取を娘婿の0Kが務めた関係で、ここでは、五代目頭取とした。
事件に関わった主要人物N・六代目頭取。
0ファミリーに最も近い側近。
同プロジェクトへの融資を積極的に進めた罪。
事業家気取りの輩を、ゆめゆめ、銀行のトップに据えることなかれ。
自らを「大実業家」と称する頭取の0は、県内外の新規プロジェクトへと突き進んだ。
Rは、パンカーとしてズボンの右のポケットに入っている預金を、左のポケットに素早く移し、事業家気取りで散財してしまった。
その後新潟R村、Kトルコ文化村、Hガリバー王国は、N中銀の三大愚行といわれている。
廃櫨と化したR村は、廃塩マニアの聞で人気になった。
Hガリバー王国の跡地も、0真理教の連想から心霊スポットとして有名。
オカルト愛好家の聖地となったため施設は完全に取り壊された。
トルコから寄贈されたトルコ建国の父、A初代大統領の銅像は、Kトルコ文化村にあったが、新潟県中越沖地震で倒壊の恐れがあったため、台座から外され、屋外に放置されたままになっていた。
その後、銅像は、トルコとゆかりのある和歌山県串本町への移設が決まり、二0一0年六月に除幕式が行われた。
日本とトルコの友好のシンボルである銅像は、新しい居場所を得た。
H相互銀行妖怪のオールスターが出演した買収騒動の顛末馬毛島が利権の島になったのは、今回が初めてではない。
かれこれ二十数年前、馬毛島を舞台とするH相互銀行による政界献金疑惑が持ち上がった。
世にいう「馬毛島事件」である。
一九七四年ごろから、馬毛島の土地を買収していたのは、H相互銀行の子会社だったU開発である。
土地の買い占めを進め、一九八0年には無人島となた。
その当時、国は石油備蓄基地の候補地を探していた。
馬毛島を国に買い上げさせようと、H相銀はひと儲けをたくらんだのである。
だが、石油備蓄基地が鹿児島志布志湾に決まったため、画は挫折。
馬毛島は無人島のまま放置されてきた。
H相銀を買収したS銀行は一九九五年に、島の九九・七%の土地を所有するU開発を四億円でTに売却した。
その馬毛島が、今度は、米軍基地誘致の利権として脚光を浴びたのである。
米軍H飛行場(沖縄・宜野湾市)の移設問題。
H首相(当時)の「最低でも県外」発言以来、大混乱に陥った。
迷走の果てに、二0一0年五月二八日、辺野古のキャンプ・シユワプ沿岸部(名護市)に移設することで日米が合意した。
J党政権時代に、日米で合意していた現行案の辺野古への回帰である。
沖縄県民に県外移設の期待を抱かせたH政権は、完全に信頼を失った。
そして、Hは六月二日午前、首相の椅子を投げ出した(正式な辞任は六月八日)。
この間、移設先として、さまざまな地名が挙がった。
「政府から移設を求められれば、積極的に受け入れたい」こう表明した人物がいた。
鹿児島県沖の東シナ海に浮かぶ無人島・馬毛島(西之表市)のほぼ全域の土地を所有する開発会社「U開発」(本社・東京)のT・社長である。
K・防衛相はT社長と接触し、防衛省内に調査を指示した。
馬毛島案が報じられるや、地元の西之表市は反対一色に包まれた。
N・西之表市長は受け入れに反対。
鹿児島県議会にも、反対の決議を求める陳情書が市民団体から出された。
馬毛島は種子島の西沖合約一二キロ、世界遺産に登録された屋久島を南南西に見る位置にある。
周囲は二一キロ、面積はH飛行場の倍近い約八・五平方ロメートル。
島の九九・七%の土地を所有しているのがU開発なのである。
T社長の期待に反して、馬毛島移設は実現しなかった。
物資や兵員を空輸するための滑走路やヘリポートと、地上部隊、訓練施設が近接していなければ基地としての機能を満たすことができないというのが米軍の基本的な考え方だ。
米海兵隊の地上部隊はキヤンプ・シュワプやキャンプ・ハンセン(金武町など)に駐留。
訓練場も沖縄県北部にあり、H飛行場だけを馬毛島に移転することに「ノー」という態度を表明したのだ。
実は、馬毛島では滑走路工事が進められていた。
島中央部に南北に走る、全長四二00メートル、幅六0メートルの巨大な滑走路だ。
横風に対応するために東西二四00メートル、幅六0メートルのサプの滑走路まで設けられているという。
滑走路は表向き、自家用機の訓練用としているが、本当は米軍の使用を想定したものだ。
在日米軍の再編に伴い、日米両政府は二00六年五月、空母艦載機をA基地からI基地に移駐することで合意した。
A基地の空母艦載機のNLP(夜間離発着訓練)は、T上の硫黄島で行ってきたが、I基地から遠いため、防衛庁(0七年に防衛省に昇格)は新たな訓練基地を探していた。
0八年に、その候補地として浮上したのが馬毛島だったのである。
馬毛島が訓練地に決まれば、買い上げられる土地には、二00億円の値段がつくと噂されていた。
T社長は「売却はない」と否定しているが、買ってもらえなくても高額の賃借料をもらうという胸算用のソロパンが透けて見えてくる。
Tは一九九五年、U開発をS銀行から四億円で買収。
二00三年から約一000メートルの滑走路を建設。
0六年、0七年ごろには滑走路を四二00メートルにまで延長していた。
一四0億円をかけて米軍の訓練基地誘致のために滑走路をつくった。
この島を四億円で購入しているから、もし、二00億円で買い上げてもらえれば、単純計算で五六億円近い儲けになる、といわれている。
滑走路の建設は利権狙いだったのである。
防衛庁は水面下で、この案を検討したが、世界遺産の屋久島と近く、屋久島が訓練空域の一部に入ることから、「観光イメージが壊れる」と地元、西之表市が強く反対したため頓挫した。
空母艦載機の夜間離着陸訓練用基地の誘致がダメとなれば、あとは米軍H飛行場の移設の候補地に名乗りを挙げるしかない。
しかし、これも実現しなかった。
Tとは、いかなる人物か。
一九三三年四月、鹿児島県枕崎市に生まれた。
地元の県立K水産高校を卒業。
東京に出て六四年に建設会社を立ち上げた。
現在は、東京都世田谷区経堂にある建設会社、T建設と砕石会社、T建設工業の社長である。
Tは、大証二部に上場している砕石プラントメーカー、G鉄工所(岐阜県不破郡垂井町)のオーナーだった。
一時は、T一族が個人名義に分散してすべての株式を保有しており、二000年からはT自身が社長を務め、全役員がT一族で占められていたこともあった。
だが、赤字決算の責任を取り、Tは0九年六月の株主総会で引責辞任。
一族もほとんどが株を手放したが、ファミリー企業のT建設工業が発行株式の三二・八%を保有する筆頭株主としてとどまっている(0九年九月末現在)。
新社長となった生え抜きのNは一0年三月、脱Tを目指し、新しい資金スポンサーを獲得するために第三者割当増資を計画したが、筆頭株主のT建設工業が増資差し止めの仮処分を申し立てるなどして、トラブルとなっていた。
そのTの脱税を報じる記事が二0一0年五月二七日の全国紙各紙に載った。
不動産売却による所得約一0億円を隠し、約三億円を脱税したとして、東京国税局が砕石会社のT建設工業とT・社長を法人税法の違法容疑で東京地検に告発した、という内容で、脱税は馬毛島がらみだった。
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